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13 取り調べの現状をどう考えるか

 筆者は、当り前であるが、社会一般の人々が思っているように、冤罪は許されないことだと考える。警察や検察が構築したストーリーに従って、捜査や取り調べを行い、その結果、無実の人間を罪に陥れるようなことは絶対に許されない。

 ところが、そのために、ストーリーに従った捜査や取り調べを一切やめるということも、この世の中に作られた犯罪を処理していくシステム、刑事司法システムにおいては難しいのではないかとも思う。これは、冤罪もやむを得ないと言っているわけではない。ただ、現実に、逮捕された被疑者が述べることをそのままに供述調書にするわけには、今の制度上は困難があるかもしれない。

 少なくとも現在の裁判では、裁判員制度の存在もあって、わかりやすくて説得力のある検察側からの主張が求められる。供述調書にしたって、実際に被疑者がしゃべったことをそのまま載せたとしたら、読みにくく、理解しにくく、被疑者の行為のどの部分が犯罪に当たるのかも判然としたようなものが出来上がるであろう。それを読んだ裁判員や裁判官はどう思うだろうか。調書づくりと言う作業を経験したことがないものが、もしそうした読みにくい調書を見たとしたら、警察や検察官の調査能力をかえって疑うのではないだろうか。

 また、本当に犯罪をやったものが、普通に事件を否認しているものをそのまま調書に載せるだけでは、否認事件が増えるだろうし、それはそれでよいかもしれないが、深く突っ込んで犯罪内容について捜査を行うこともなくなってしまうかもしれない。さらには、本当に犯罪をやったものを罪に問えないといった状況がでてくるかもしれない。

 犯罪者と向き合う取り調べの場は、検察官や警察官にとって、確かに戦いの場であろうし、裁判で裁判員や裁判官を説得しなければならない苦労はやはり大変だと思う。また、検察内部では勝った、負けたという発想のもとで、常に有罪判決を目指して勝ち続けなければならないプレッシャーも相当なものだろう。

 また、本稿ではあまり触れてこなかったが、殺人事件で証拠が確実にあり、被疑者も殺人をしたことを最初から認めているような事件では、有罪判決に持っていくことはさほど難しいことではない。ところが、事件が複雑になってくると、どのように事件を構成して、有罪を得られるように持っていくかというのが難しくなってくる。犯罪をする人間の意志や行動は、特段、検察官が事件を立件しやすいように刑法上の構成要件に沿って行われているわけではない。政治家の汚職や大企業の談合事件、そういったものは、ぜひとも厳しく追及してもらいたい問題ではあるが、そういった複雑で難しい事件になればなるほど、ストーリーを綿密に練り上げ、事件を構成していかないと、立件が難しくなってくる。単純に、証拠を集めて、被疑者や参考人の話を聞いていればいいというものではなく、事件を構成するのに必要な情報を集め、必要でない情報を切り捨て、供述で事件を構成するのに必要な情報を被疑者から引き出すことをしなければ、およそ事件として立件し、有罪判決まで持っていくことは難しい。そして、犯人の側も(あくまで悪いことをやったというのを前提で書くが)、必死で罪を逃れようとしたり、罪を軽くしようとしてくる。犯人自身も自分のやった行為のどこがどう犯罪に該当するのかを自覚していないこともあるだろうし、仮に自覚していたとしても否認をしてくるであろうし。

 本当に悪いことをやった人を、裁判で有罪にし、そうでない人は無罪になるようにする。世の中で犯罪を取り扱ううえで、この原則は最重要であると考えるが、それを実現することは極めて難しい。今、我々が作り上げている制度は、それでも比較的機能しているし、ある程度良好なものとも思えるのだが(昔、国王が犯罪を裁いたり、町奉行が犯罪を裁いていたころよりもよいのではないだろうか)、しばしば冤罪が起こったり、行き過ぎた取り調べが問題になっているところをみると、まだまだ改善の余地があるのだろう。

 とはいえ、何をどう改善するかについては、この刑事司法システムのからくり全般をきちんと把握してから改善方針を立てる必要がある。そして、現行のシステムを改善するに当たっては、改ざんをした悪い検事、そうした検事が出てくるにいたった検察の悪い体質、といった事柄をセンセーショナルに取り上げるだけでは不十分であると考えている。本稿で、私が記載したことは、あまりマスコミではとりあげられない話であるし、多分、今後も世の中の話題に出てくるような話ではないだろう。感覚的に、かなり自由に書いてきたので、厳密に科学的、学問的な話ではないのであるが、取り調べというものが現在の刑事司法システムにおいて有する傾向を中心に書いた本稿のような事情も、ある程度は世の中の人々に抑えておいてもらいたいと思う次第である。

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