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11 どうして捜査でストーリーが作られるのか(2)

 もう一つ、捜査でストーリーが作られる理由を挙げよう。それは、先に挙げた理由と似たようなものかもしれないが、わかりやすく、説得力のある供述調書を作ろうと警察官や検察官が努力をするために、ストーリーが作られる、という点である。

 なぜわかりやすく、説得力のある供述調書を作らねばならないかと言うと、それは裁判で裁判官を納得させなければならないからである(さらに、昨今は裁判員制度が導入されているので、一般市民である裁判員を納得させ、説得するような供述調書を作ることが要請されている)。

 基本的に、検察官が起訴を行うということは、犯罪を犯した悪い犯人を処罰するために行っているので、裁判でそれが認められないということは、悪い犯人が処罰されないという大変なことになってしまう。さらには、裁判所を説得できず、悪い犯人を処罰に持っていくことができない検察官は、仕事のできない、能力のない人という評価を受けることになってしまう。検察官が、起訴をし、被疑者を裁判にかける場合には、有罪判決を得ることが、検察官の目標となる。

 実際の検察官が頻繁に使っているのかどうかは不案内であるが、「(裁判を)やるからには勝たねばならない。」とか、有罪判決を得られないことを負けると言ったりとか、裁判において、勝つとか負けるといった感覚を持っているのだろうか。もしそうだとすれば、本当はおかしな話ではある。なぜならば、犯罪行為が行われたかどうかは、真実そうしたことが本当にあったかどうか(実体的真実)を淡々と、あるいは粛々と調べていき、それについて裁判で結論が下されればよいわけで、勝った、負けたという概念が入り込む余地は本来はないはずである。

 もっとも、こうした勝った、負けたという概念が発生するのは、検察側と弁護側に分かれてより高次の意思決定者である裁判官を説得するという構図(対審構造)に裁判がなっている以上はやむをえないことなのかもしれない。また、実際の取り調べや裁判では、被疑者が全力を出して自身の罪を否認したり、罪を軽くしようとしてくるわけであるから、それに対して、本当に悪いことをしたものに、厳正なる処罰を求めるためには戦っていかなければならないのだろう。ある検事は、「取り調べは戦いだ。」と言ったそうであるが、現場で社会正義の実現のために戦っているの検察官や警察官は本当に大変だと思う。

 さて、話が少し横道にそれたが、裁判に勝つために、裁判所を説得しなければならないとすれば、供述調書は説得力のある、辻褄の合った、合理的な説明がなされた、さらには、より被疑者の悪質性をアピールできるような内容にすることが必要となる。

 それが故に、わかりやすくて、誰もが納得のいく感じのストーリーを作って、それにそって供述をとることが必要になってくる。

 

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