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10 どうして捜査でストーリーがつくられるのか(1)

 これまで長々と書いてきたが、どうしてストーリーを作るかといえば、一つは、犯罪者が嘘をつくからである。犯罪者の言ったことを、単純にそのまま供述調書に取っているだけでは、捜査はなりたたないし、場合によっては、本当に犯罪を犯してきたものが裁判で有罪にならないかもしれない。

 実は、ストーリーが作られる理由はこれだけではないと筆者は考えている。考えられるもう一つの理由としては、以下のようなことがあるのではないだろうか。それは、人間というものは、自身の様々な行動について、常に一貫性を持っていたり、常にここの行動には他人が納得できるような動機が存在している、というわけでは必ずしもない。

 日ごろ、周囲のいろいろな人にしゃべっていることが、すべて相互に矛盾していないかと言われれば、そんなことはないだろうし、言っていることと、行動していることが矛盾することも少なくないだろう。日ごろの言動や活動全てについて、納得のいくような合理的な説明ができるわけではない。

 若干抽象的な言い回しになってしまって申し訳ないが、適当な例をあげることが難しいもので、ご容赦願いたい(思いついたら訂正します)。さて、人間の行動というものは、一貫性を欠いたり、合理性を欠いたり、矛盾を含むことが少なくないわけであるから、供述調書を作る際に聞き取りをした場合、しゃべっていることをそのまま書くと、そこに書かれた内容は、ややもすると一貫性を欠いたり、当人の行動、あるいは当人が語る他人の行動に合理性が見られなくなったり、矛盾したりすることがでてきてしまう。簡単に言うと、まとまりを欠いた、非常に読みづらく、理解しづらいものになってしまう。

 そこで、行動が矛盾していたり、行動の動機が不明確であったり、合理性を欠いていることが起こるようなときには、面接をしながら、適宜、当人に聞きなおし、動機について考えさせ、こうだったのではないかという推論を提示したりしながら、供述調書をまとまりのある、理解しやすい、読みやすいものにしていくための共同作業がおこなわれることになる。

 こうしたいわばナラティブな過程においては、辻褄が合う、まとまりのある事件におけるストーリーを取り調べる側と、取り調べを受ける側で、共同して作っていると言うこともできよう。にもなろう。この場合、取り調べる側は、取り調べを受ける側よりも、こうした作業に慣れているわけであるから、ストーリーの道筋や解釈、行動の意味付けについて、取り調べを受ける側を先導していくことが多くなる。もちろん、その場で、被疑者が納得しているのであれば、そうしたことはおよそ問題になることはないだろう。些細な部分で、被疑者がそれは事実と違う、と思っても、それが本当に瑣末な部分で、事件に大きく影響をしなければ、取り調べ側が提示する、わかりやすい、納得しやすい、理解しやすいストーリニーを優先させていくことも生じてくる(それは、事実のねつ造と言えばねつ造である)。

 多くの場合で、被疑者が、事件をやったことを納得しているのであれば、例えば、殺人をした、ということを認めているのであれば、それに至る動機やそこに至る行動について、些細な事実誤認があろうとも、結局は殺人をやったことには間違いないわけだから、ということで被疑者もある程度納得するわけである。

 このような過程が、ストーリーに沿った取り調べが行われる理由の一つと考えられる。

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