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 平成18年8月25日午後10時ころ,飲酒運転の車が自己を起こして子供3人が死亡するという事件が起きた。事故については,例えば,下記のような報道がなされている。

「福岡市東区の人工島(アイランドシティ)と雁の巣を結ぶ「海の中道大橋」で、一家5人が乗った多目的レジャー車(RV)が後続の乗用車に追突され、海に転落した事故で、福岡県警は26日未明までに一家の幼い子ども3人の死亡を確認した。県警は乗用車を運転していた同区奈多3丁目、福岡市西部動物管理センター職員の今林大(ふとし)容疑者(22)を道路交通法違反(ひき逃げ)と業務上過失致死傷の疑いで逮捕。今林容疑者は飲酒運転だったことなどから、危険運転致死傷容疑の適用も視野に捜査する(Yahoo!ニュース)」

 事故の内容は確かに痛ましい。罪のない子供3人が死亡した。相手の車は飲酒運転である。普通の感覚であれば,内容を知った人は怒りを感じる内容であろう。マスコミの論調も,加害者への非難や怒りの感情がこもったものになった。飲酒運転が社会問題としてクローズアップされ,多数の記事がテレビのニュースや新聞紙上に載せられている。

「飲酒運転が心底から憎い 車転落3児死亡暗い海で3人の子の命を必死に救おうとした親の心情を思い、遺族から提供された写真で3人の子どもの愛くるしい表情を見つめる。胸が締め付けられる。   
                                                               (中略)
飲酒運転は、結果の深刻さからすれば無差別殺人に匹敵するほど悪質な犯罪だが、つい近年まで、道交法違反と業務上過失致死傷罪しか適用できなかった。刑法が適用できるようになったのは、刑法改正で新設された「危険運転致死傷罪」が2001年暮れに施行されてからだ。昨年1月には最高刑が懲役15年から20年に引き上げられた。今回の事故で捜査当局は、この法律での立件を視野に入れている。
 この法律は、現実的にはまだ十分に機能しているとは言えない。飲酒運転をこの法律で裁くには「正常な運転が困難な状態」で運転したことを立証しなくてはならず、捜査当局としてはどうしても慎重になるからだ。より適用しやすくする改正が必要ではないか。
                                                              (後略)
(2006/08/29付 西日本新聞朝刊)」

 さて,ここで話題にするのは,飲酒運転許すまじといった話や厳罰化の必要性といったことではない。そういった世の中の論調とは少し距離を置いて,今回の犯罪によって引き起こされた社会現象を眺めてみよう。

「酒酔い・酒気帯び運転で1126人摘発 全国取り締まり
警察庁は19日、飲酒運転の全国一斉取り締まりの結果を発表した。酒酔い・酒気帯び運転の疑いで27人が逮捕されるなど、延べ1126人が摘発された。また、飲酒検知を拒否した道交法違反容疑で3人が逮捕された(2006年09月19日18時36分,Ashahi.com)」

 平成18年9月20日の新聞紙上にはこの一斉摘発が記事として大きく取り上げられた。平成18年9月20日の新聞紙上にはこの一斉摘発が記事として大きく取り上げられた(この日,Googleニュースで飲酒運転の記事を検索すると65件もヒットした)。

 この取締りは,9月14日,15日の夜間に実施されたものであるが,昨年9月の1日平均の摘発数は392件であったことから,約3倍の数値となっている。

 ところで,このように飲酒運転による摘発数が大幅に増えたからといって,世の中のドライバーが今年の9月になってから急にこぞって飲酒運転を始めた,と考える人はほとんどいないであろう。飲酒運転が3倍にも増えるような社会的な変化がこの9月にあったとは考えにくいのだ。これは,これまで警察が捕まえていなかったものが,件の事件をきっかけに急に一生懸命(?)捕まえるようになったので,数値が増えたと考えたほうがよいだろう。

 つまり, 

  • 飲酒運転の件数は,捜査機関(警察)の姿勢に左右される
  • 捜査機関の姿勢は,世論によって左右される。

 ということになる。

 ショッキングな事件が起こり,マスコミで大きく取り上げられ,社会問題化した場合に,警察がそれまで摘発していなかった犯罪への取締りを強化すれば,世の中の犯罪はどんどん増えていくことになる。

 今回,飲酒運転の場合には,今年9月に飲酒運転が急に増えたのではなく,もともとそのくらいの人が飲酒運転をしていたというのは,人々もうすうすわかっている。新聞では,「飲酒運転が潜在的に多く(平成18年9月20日付け山形新聞)」といった報道もされている(もともとその犯罪がどの程度行われていたのかを知るのは,本当はすごく難しいが)。

 しかしながら,そういう風な解釈のされ方がされない場合もある。摘発された数,というのはある意味で具体的で,客観的な指標であるが,それをどう解釈するかということになると,解釈する側の恣意によるところも大きくなるだろう。

 近年,社会問題化された児童虐待を見てみよう。厚生労働省のホームページ(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/dv16/index.html)から虐待相談対応件数の推移を見てみよう。平成8年から平成18年まで,約9倍に増加している。
 
 さらに、平成19年度は40618件であったので増加の一途である。

(平成23年度中に、全国206か所の児童相談所が児童虐待相談として対応した件数は59,862件で、これまでで最多の件数となっている。)

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児童相談所の相談処理件数が急増しているがここ数年で虐待の発生が急増したというよりは,虐待が社会的に認知されたことによる部分が大きいといった指摘がされている(龍野洋子 2003 児童虐待について―その実体と対応 更生保護,54,(8) 20-28.)。

 本当に近年,虐待が増えたかどうかはわからない。ここ数年で虐待が数倍に増えるような社会的な変革があったかというと,そうとも考えがたい。一方で,子育てのできない親が増えたといった説が,虐待増加の原因として語られることもある。

 年配の方では、 「昔は、しつけで子供を叩いたりはすることがあっても、あんなひどい虐待みたいなことは親はしなかった。」といった感想を持たれる方もいるだろう。
 しかしながら、実際のところは、わからないとしかいいようがないだろう。

 ここで、注目したい点というのは、犯罪について考える際に,真実,世の中で何が起こっているかを完全に知ることは不可能である、ということである。マスコミが作り上げる世論や捜査機関の姿勢,人々の関心などの要素によって,犯罪を見る指標となる数値は容易に変動していく。

 こうした捉え方ができるようになると,治安の悪化,犯罪の凶悪化,モラルの低下といった近年よく耳にする言説を,そのまま真実の出来事であるかのように受け入れていくことに,疑いの目をもっていかなければならないことに気がつくだろう。


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福岡市東区の3児死亡事故で飲酒運転が社会問題化。 同乗者や酒を勧めたり同席した人についても厳罰化が進んでいる。 飲酒運転ニュースを見るたび思うのは、逮捕された人が「ほんの一杯」程度じゃなく泥酔に近いくらい飲んでいること。 [続きを読む]

受信: 2006-09-24 11:56

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